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東京高等裁判所 昭和49年(う)86号 判決

被告人 根本忠勝

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人山口紀洋作成名義の控訴趣意書および控訴趣意補充書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

控訴趣意三(事実誤認、法令適用の誤りの主張)および控訴趣意補充書中、事実誤認に関する主張について。

しかし、原判示業務上過失致死の事実は、原判決拡示の証拠により十分に肯認でき、当審における事実取調の結果に徴しても原判決には所論のような事実誤認も法令適用の誤りの違法も存在しない。

所論は、被告人通行道路の幅員が被害者通行道路の幅員に比し明らかに広いから被告人通行道路の方に通行上の優先権があつたと主張する。道路交通法第三六条第二項、第三項にいう「道路の幅員が明らかに広いもの」とは、交差点の入口から、交差点の入口で徐行状態になるために必要な制動距離だけ手前の地点において、自動車を運転中の通常の自動車の運転者が、その判断により道路の幅員が客観的にかなり広いと一見して見分けられるものをいうと解されている(最高裁判所昭和四五年一一月一〇日刑集二四巻一二号一、六〇三頁以下参照)ところ、前記証拠、とくに実況見分調書(記録二六丁)および兼田和男の当審公判供述によれば、本件事故現場は被告人通行の道路と被害者通行の道路とが十字型に交わつている交差点であり、右交差点は交通整理が行われておらず、しかも被告人通行道路の進路左側には建物があり、右側にはガソリンスタンドがあつて左右道路の見とおしができない所であること、被告人通行道路の幅員は六・一五メートルであり、被害者通行道路の幅員は六・四五メートルとなつていること、右各道路幅員の測定は、いずれも舗装された、いわゆる有効幅員部分を測定したものであることが、いずれも認められる。所論は、被告人通行道路の幅員は九・二五メートルであると主張し、当審において取り調べられた弁護人作成の交通事故現場図IIには、右主張に沿う記録部分があるが、右記載は被告人通行道路の舗装された部分の両側にある非舗装の部分(もつとも、右側については、道路右側にあるガソリンスタンドの入口の間口に相応する部分だけは舗装されているが、これはガソリンスタンドに出入りする車両が出入りし易いように前記道路の舗装部分とは別に舗装されたものであることが認められる。)をも含めて測定しているが、前掲実況見分調書添付の写真(記録三七丁および三九丁)によれば被害者通行道路の舗装部分の両側にも被告人通行道路の両側にあるそれとほぼ同じ幅の非舗装部分があることが認められる(もつとも、弁護人作成の前記図面は、その作成の時点では被害者通行道路の、ほぼ前記舗装部分の左右の端に沿つてガードレールが設けられ歩車道の区別がなされたため、右ガードレールの内側の車道部分のみを測定し六・四五メートルと記載したものであることが窺われる。)から、この部分を含めて測定すれば被害者通行道路の幅員も、弁護人主張の被告人通行道路の幅員(九・二五メートル)とほぼ同じとなることが推認できるのみならず、右各道路の非舗装部分は、いずれも歩道設置予定地部分であることが窺われるから、道路交通法第一七条第三項、第三六条第二項、第三項の趣旨に徴すると、本件各道路の広狭を判断するには前記舗装部分の幅員を道路幅員とみるのが相当である。したがつて、被害者通行道路の幅員の方が被告人通行道路の幅員より〇・三〇メートルだけ広いと認められる。また、右実況見分調書添付の写真および当審において取り調べられた弁護人作成の写真撮影報告書添付の写真によつて認められる右各道路状況等からみても、被告人通行道路の幅員が被害者の通行してきた交差道路の幅員よりも明らかに広いということはできないものと認められる。したがつて、被告人通行道路が優先するとの所論は前提を欠き理由がない。また所論は、被告人通行道路の進路左側に設けられた一時停止の標識は、その付近の家屋の張出等のため確認することが不可能ないし著しく困難であつたと主張する。しかし、本件事故当日撮影した写真である前掲実況見分調書添付の現場付近の写真(記録三六丁、三八丁)によれば、右一時停止の標識は、そのかなり手前から十分に確認できることが認められる。そして右写真は撮影位置等が所論のように不適切であつて証拠価値が低いことも認められない。なるほど、前記弁護人作成の写真撮影報告書添付の写真(3ないし6、10、14)によれば、右一時停止の標識は、その付近の家屋の張出(日除け)、植木等のため確認し難いことが認められないではないが、これらの写真は、いずれも事故当時の現場付近の状況を撮影したものではなく、事故の約二年二か月後の現場付近の状況を撮影したものであつて、事故当時の状況とは著しく異なつていることが明らかであるから、右写真を根拠に一時停止の標識の確認が不可能ないし著しく困難であつたということはできず、他に本件事故当時右標識の確認が不可能ないし著しく困難な状況であつたことを認めるに足りる証拠はない。さらに所論は、本件事故は被害者の徐行義務違反によつて生じたものであり、同人が徐行義務を尽しておれば本件事故はさけられたものであり被告人には過失はないと主張する。なるほど記録によれば、被害者が徐行義務を怠つて交差点に進入したことが認められ、右義務違反が本件事故の一因をなしていることは否定できないが、それは被告人の、前方注視を怠り一時停止の標識を看過して交差点直前での一時停止義務、左右道路の安全確認義務を怠つて時速約六〇キロメートルで同交差点に進入したという過失と競合したというに過ぎず、被告人の右過失を肯定した原判決は正当である。

論旨はいずれも理由がない。

控訴趣意二および控訴趣意補充書中、量刑不当に関する主張について。

しかし、記録によつて認められる本件業務上過失致死の犯行の罪質、動機、態様、とくに本件は、被告人が自動車運転者の基本的注意義務である前方注視を怠つた結果一時停止の標識を看過したのみならず、交差点中心に設けられたブロツクポイントおよび交差点入口に引かれてある一時停止線の標示などを意に介することなく一時停止も左右道路の安全確認もせずに交差点に進入したものであつて、その過失の程度は軽くないこと、致死という結果の重大性、事故発生以来約三年を経過する現在に至るも被害者の遺族に対しては強制保険金五〇〇万円のほか香典二万円が支払われただけであり、被害者の遺族と示談も成立していないことなどに徴すれば、その犯情は軽視を許されないものがあり、記録および当審における事実取調の結果を合わせ、前記のとおり被害者にも徐行義務違反の過失があること、被告人が本件事故後労働災害により右大腿骨を骨折し入院していたこと、被告人が或る程度示談の成立に努力したことなど所論指摘の被告人のために考慮すべき諸事情を十分に参酌しても、原審の量刑(禁錮一年)はやむを得ないものと認められる。論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法第三九六条により本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用は同法第一八一条第一項本文を適用して全部被告人に負担させることとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 石田一郎 藤原高志 小林昇一)

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